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Love-Sentence
Love... Sentence

日々過ごす中で 出逢ったSentence
そこから Link した 懐かしい想い
そして現在…



  1. Around the world
  2. It's my life
  3. Why are you going ?
  4. Why are you going ?  A
  5. Life on earth
  6. Bicycle and Expression
  7. 裕さ
  8. for what ?


1. Around the world


カムチャッカの若者が
きりんの夢を見ているとき
メキシコの娘は
朝もやの中でバスを待っている
ニューヨークの少女が
ほほえみながら寝がえりをうつとき
ローマの少年は
柱頭を染める朝陽にウインクする
この地球では
いつもどこかで朝がはじまっている

ぼくらは朝をリレーするのだ
軽度から軽度へと
そしていわば交替で地球を守る
眠る前のひととき耳をすますと
どこか遠くで目覚まし時計のベルが鳴っている
それはあなたの送った朝を
誰かがしっかりと受けとめた証拠なのだ


あさ/朝 『朝のリレー』  谷川 俊太郎
あさ/朝
小学校か中学校の時の国語の教科書にこの詩があった
読んでいるだけで ワクワクした
カムチャッカがどの辺りなのか
時差はどのくらいあるのか考えた
メキシコやNYの風景を想像したり
寝る前に自分も耳をすませて遠い世界の音を聴き取ろうとした

肉体はここに置き
意識だけが世界へトリップする
それはいわば《快感》の類なのだろう

その数年後
今度は永井荷風や萩原朔太郎と
めぐり会う…
トリップを誘発してくれる著者ばかり…(笑)

そして いつしか 自分も世界中を周る夢をみた

May 12, 2004

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2. It's my life


『遠観山里色(とおくさんりのしきをみる)』 
   ・・・・ 遠くから見ないと見えないもの

遠く山の上から人の住む山あいの里を眺める。

いつもはあの里の中でくるくると働き、そこが世界のすべてと思っていた。
遠くには山が空に向かってそびえているのだと思っていたら、
こんな風に私たちのいる里をやさしく包んでくれているんだ。
知らなかった、はじめて見る幸せそうな里の風景。

「ふるさとは 遠きにありて思うもの」

自分の家、自分の村、自分の国、自分の仕事、自分の家族、自分の人生。
この言葉にあるような高い山の上に身を置かないと、
わからないことがあります。
自分の周辺を客観視してみると、あらためて気づくことが出てきます。
海外に行くと、日本のことがよく見えてくるというもの同じ。
日本にしかないもの、日本人が亡くしたもの、
世界の中の日本の立場。

たまには遠くから見てみませんか。


「続 ほっとする禅語70」より
続 ほっとする禅語70

高校卒業以来、1つの所に5年留まるかどうかの生活をしてきた。
それは放浪・ジプシー・遊牧民的な生活の始まりだった。


初めて一人暮らしをしたのが鎌倉だった。
そこは ただただ 海が近いというだけで安易に決めた。
職場の窓からは、障害物など何も目に入らず
海と空だけが目に飛び込む。

仕事中に嫌なことがあった時、落ち込んだ時、泣きたい時は
決まって敷地内の眺めのいい、しかも人目につかない《私の場所》で
ボーっと海を眺めて気持ちの整理をした。

その時の悩みといったら、20代初頭のアリキタリのものから
アンチテーゼな《死とは?》というものまでバラエティに富んでいた。

結局、今ほど精神的に強くなかったので
看護職の限界やその意味、
毎日のように逝く人々を看て
一度離れて客観的に観る必要性があると気付いた。


鎌倉居住期間、それは5年と2ヶ月であった。

その後、ずっと夢に見ていた海外へ飛び出した。
1か月分の生活費と最低限の生活用品だけを1つのバッグに入れて・・・

May 15, 2004

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3. Why are you going ?


  フランスへ行きたしと思えども
  フランスはあまりにも遠し
  せめては 新しき背広をきて
  気ままなる旅に出でてみん
  汽車が坂道をゆく時
  水色の窓によりかかりて
  我ひとりうれしき事を思わん

  5月の朝のしののめ
  うら若草の萌えいずる こころまかせに・・・


  『旅情』 萩原朔太郎

『君は何をしに行くのか?』

今回青森へ行く前に、友人から言われた言葉…

飛行機に乗ってまでして何処かへ行く時は
何らかの目的があるのが普通なのだろう。
しかし
行くだけ行き、その日にすることを行ってから
行った先で考える… という方法もある。
初めの目的はないけれど、
後から目的を作るという逆の考え方だ。

それは例えば
行き先を決め、日程を組んでから
仕事の休みの希望を出すのと同じように!!
(今の日本人社会ではこの逆のタイプ、
即ち仕事が休めたら休みの予定を立てるという人が多いような…)

確かに
無目的に行ってしまった為
何も得る事ができなかった… 何てこともあるだろう。
しかし
本当に何も得られなかったのだろうか?

大きなことを期待せず、小さなことに着眼すれば
何か必ずあるはず。
大きな拾得があれば、それはluckyだったと
思えば良いことであるような気がする。
慣れたモノや、いつもしなくてはならないことなど
平生の生活から離れることによって
新しいものが見えてくるはずだと私は思う。

余るくらいの時間をどのように過ごせるか?
それはその人の考え方次第、気付き方次第なのではないだろうか?

June 1st, 2004

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4. Why are you going? A


ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて

気難しくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか

苛立つのを
近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし

初心消えかかるのを
暮らしのせいにはするな
そもそもが ひよわな志にすぎなかった

ダメなことの一切
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄

自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ  


『自分の感受性くらい』  茨木 のり子
おんなのことば
"Why are you going?"

看護師という職業から離れたくなった時、
私は仕事を辞め、国外へ出ることにした。

一人住まいの所帯をたたみ、大きなものは殆ど処分して…

仕事を辞める前、一応実家に報告した。
家族の者は異口同音に
『何しに行くの?』 と聞いた。
納得させる答えはなく、ありのままを話した。

『小さな頃から、外国で生活をするのが夢だったの…
 今、世界でも色々なことが起きている。
 それをメディアなど他の人の目を通して見るのではなく、
 自分の目で見て感じたい。
 それから・・・
 外から自分の生まれた日本という国を見てみたい・・・』


それから1ヶ月後
1か月分の生活費と最低限の身の回りのものを1つのバッグに入れ
ヨーロッパに飛んだ…


『どうして行くの?』
『何をしに行くの?』
という質問は、家人はもちろん友人にも多かった。
しかし、私を熟知する人は
『貴女らしいね、行っておいで!』
と、後押しする者もいた。

その一人に、
嘗ては先生、卒業後は飲み友達となった人がいた。
彼は若い頃、イタリアで貧乏学生をしながら芸術を学んだ人だ。

『日本という狭い意識の中にいることはない。
もっと自由に考えられる世界に行っておいで・・・
そして、戻ってきたら貴女の見たものを話して・・・』

と、背中を押してくれた。
気持ちが楽になった。
この時 この言葉にどんなに救われたことか!


それは 23歳、5月の出来事だった・・・

June 5th, 2004

当時の写真を見てみる?
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5. Life on earth


田舎のない私には夏休みに山野に囲まれ過ごすことはなかった。
たまに行く日帰りの山はすでに成長した木々からなり、夏の濃い緑をしていた。

山の木とは成長しきったものと思い込んでいた。
人の手の入った山には赤ちゃんのようの木や子供のような木よりも成長した木の方が目立ったからだろう。

風が吹くままに木から落ちた実はやがて大地で熟し、腐って種から芽を出す。
それがそこで立派な木となる。
学校でも習ったことだし、そんなことは常識だと思う人が多いだろう。
しかし、山野に囲まれた環境で育っていないかぎり、ほとんどが机上の教えではないだろうか?

実を携えた木と大地と落ちた実、そしてそこから芽吹いた新たな生命を
見て、感じて、自然の尊さを信じたことがあるだろうか?

Sep. 2nd, 2004


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6. Bicycle and Expression






鎌倉で貧乏学生をしていた時、ある人に欲しかった自転車を買ってもらった。
当時はまだ珍しいストレートバーのハンドル、後ろのタイヤの上には泥除けのみ。
どこかClassicalで欧米の香りが漂う様な自転車だった。

そんなものを手に入れたからには、何処へでも自転車で行ってしまう。
一人暮らしだったので食材を求めて近くの漁港や商店街へ…
電車に乗ったら乗り換えていくほどの距離のジムまで行ったり…
国道134(湘南の海岸沿いの国道)をブンブン走り江ノ島を横目に後にして
茅ヶ崎の友人の所へ行ったり…

しかし一番の遠出は、横浜は関内までだった。
距離にしてどれくらいだろう…
最短距離でも20kmはあるだろう。
所要時間は、車で行けば高速を使い渋滞なしで1時間弱。
それを道路をまだ知らぬ者が、地図も持たずにしかも軽装で
何の考えもなしにフラフラとGO!

太陽を見ながら『大体あっちの方角だな』などと
自分だけの地図を頭に行ったのだった。
行きの所要時間は約2時間だっただろうか…
何も知らずに行ったにしては上出来(笑)

もともと用事があって横浜まで行ったのだが、
行った先で友人達の驚いたこと!


このとき初めて感じたことだけど、
自転車のスピードは風景を見るにも、何かを考えるにも調度いい。
自動車のスピードは速すぎて風景は飛び、
ボンヤリ考えごとをしていると非常に危ない。
ゆっくりとしたスピードで走る自転車で見る都会は違った表情を見せてくれた。
高校時代から散々通って見慣れた街が、自転車のスピードを通して違った視界と
高さの違う視線で見ることにより、違う街に生まれ変わる。

路地裏から路地裏へ…
それは表とは異なる裏の世界を見ているようだ。


街の表情といえば、早朝の街も好きだ。
遅刻スレスレの高校時代だったけれど、時々早くに家を出て一駅手前で降りて
横浜スタジアムを半周描くように日本大通へ抜け、
そのまま山下公園へ…
公園の噴水を横目に今度は中華街へ向かう。
(そんな朝の散歩は最高!)

朝の中華街はゴミ出しから始まる。
昼間や夜にしか見たことのない人には違和感を感じるだろう。
がしかし、私はこの朝の中華街の風景が一番好きだったりする。
これから一日が始まる朝の風景。何かエネルギーすら感じることができる。

華僑の方々から朝のエネルギーを頂いてやっと登校(笑)


ところで、自転車に乗って行ったまではいいけれど
帰る頃は日も沈み、暗くなりかけていた。
・・・そう。太陽がないから方角がわからない ウワァァァァァァヽ(`Д´)ノァァァァァァン!

迷いに迷って家に着いたのは横浜を出て5時間後でした…
それ以来、横浜まで自転車では行ってない



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